千葉県グループホーム等連絡協議会 広報紙「地域を創る」第5号 2004年12月24日発行
第5号
| グループホームの訪問活動 | |
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| 千葉県グループホーム等連絡協議会 会 長 細 渕 宗 重 |
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この夏の第三次千葉県障害者計画の発表に続いて、県には「グループホーム等のあり方研究会」を設けていただくことになり、集中的にこれに関する問題を整理することになりました。現在、宮代会長の元で努力していただいておりますが、県レベルでこのような研究会があるのは日本広しといえども千葉県だけではないかと思われます。研究会の期間も残り少なくなっていますが是非英知を結集して長期にわたる千葉県のグループホームの方向を指し示してほしいものだと思います。 その一方で、私は会長として全県のグループホーム・生活ホーム・ふれあいホームの訪問活動を続けてまいりました。千葉市と船橋市にはまだ訪問する時間が取れないでおり、また地域によっては全部のグループホームを訪問できないままのところもあります。 研究会の成果をふまえ、県とも今後いろいろ協議させていただくことがふえると思われますが、その実態を自分の目で確認しておくことの必要性を感じたからです。非常に厳しい経営・運営に迫られているグループホームがある一方で大変余裕のある経営をしているところがあり、それはいかなる理由によるものなのか。また、生活ホームの多くは個人運営・経営で、バックアップ施設も無く、日常の交流もあまり無いとすれば、その生活はどのようになっているのか、などなど。 この訪問活動の中で、いろいろなすばらしい経験をいたしました。また、一人で孤軍奮闘している世話人さんには、あなたは一人ではない、われわれはみな同志だ、ということを伝えることの出来たところもあります。 10月に中核地域生活支援センターが出来てからは、中核センターのコーデイネーターにご案内をお願いするよういたしました。効率を考えてのことでしたが、中核センターにもグループホームを知っておいてもらう必要のあることを感じてもらいたいからです。その場所や建物だけでなく、入居者や世話人を知り、中核センターとグループホームの間でネットワークの出来ることを願ってのことです。 幸いにして、いろいろな地域で中核センターが加わって、世話人や設置者の集まりが開かれたりしていることはうれしいことです。 | |
| 精神障害を持つ長期入院患者の 退院促進を図るために | |
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| 千葉県障害福祉課長 竹林 悟史 |
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1.国の精神保健福祉施策の動向近年、国においては、適正な医療の確保と精神障害者の社会復帰の促進を目的として、累次にわたり精神保健福祉法の改正を行われてきましたが、依然として、(1)医学的に患者の社会復帰のサポートが可能となってきたにも関わらず、いわゆる社会的入院が減らないこと、(2)地域生活を支える社会資源の整備が十分進んでいないこと、(3)精神疾患や精神障害者に対する国民の理解が十分でないこと、といった課題が指摘されています。 国の新たな障害者基本計画(平成14年12月策定)の実行計画である「重点施策実施5か年計画」では、「条件が整えば退院可能とされる約72,000人の入院患者について、10年のうちに退院・社会復帰を目指す」と、はじめて社会的入院解消に向けた数値目標が示されました。これは、同5か年計画において、「入所施設の整備目標」が初めて設けられなかったことと併せ、わが国の障害者施策の基本的な考え方の転換を象徴するものと言えますが、これらを実現するための具体的な仕組みづくりは、今まさに国の審議会等で検討されているところです。なお、その骨格の一部は、去る10月12日に発表された「今後の障害保健福祉施策について(改革のグランドデザイン案)」(いわゆる「グランドデザイン」)の中で提案されています。 (注)精神保健医療福祉の改革ビジョン(本年9月厚生労働省精神保健福祉対策本部発表)においては、「受入条件が整えば退院可能な者」は7万人とされています。 2.千葉県の精神保健福祉の現状千葉県の精神障害者数は、県内精神科病院の在院患者と通院医療費公費負担患者数の合計数でみて約4万2千人であり、実際にはこれよりかなり多いと推測されています。 これに対し、精神障害者の社会復帰や地域生活の支援を担う社会資源については、平成16年10月現在、法定の社会復帰施設が30、県単独事業の共同作業所が36、ふれあいホームが8となっており、人口比でみると全体として全国最低レベルの状況にあるのが実情です。精神保健福祉施策は、身体障害者や知的障害者に対する各種施策と比べても、歴史が浅いこともあり全国的に立ち遅れている状況にありますが、千葉県もこの例外ではありません。 千葉県では、本年3月に、子ども、障害者、高齢者等を横断的に捉えた「千葉県地域福祉支援計画」が、本年7月に「第三次千葉県障害者計画」が策定され、「新たな地域福祉像」(1.誰もが、2.ありのままに・その人らしく、3.地域で暮らす)が提案されました。また、同時に堂本知事より発表された「千葉県障害者地域生活づくり宣言」においては、「誰もがその人らしく地域で暮らせる社会づくり」を、当事者を真ん中において県民全体で取り組んでいく決意が述べられています。 「誰もが」と言う場合、これまで特に支援が立ち遅れ、今でも多くの人が病院での暮らしを余儀なくされている精神障害者にとって「その人らしく地域で暮らせる社会」と言えるかどうかが試金石となると考えます。今後速やかに、入院患者の早期退院を促進するとともに地域生活を総合的に支援できるシステムを構築し、その自立と社会参加の促進を図る必要があります。 3.今後の取組み平成15年3月、県より千葉県地方精神保健福祉審議会に対し「千葉県における今後の精神保健福祉施策について」と題する包括的な諮問を行いました。同年7月、答申案を作成するための基本問題部会(座長:伊豫本審議会会長)が設置され、12回にわたる同部会での議論と親審議会での議論を経て、本年9月に答申が取りまとめられました。 同答申は、第三次千葉県障害者計画と相まって、今後の千葉県の精神保健福祉施策の基本的な指針となるものです。 以下、精神障害者の退院促進に関して、第三次千葉県障害者計画と千葉県地方精神保健福祉審議会答申(以下「第三次千葉県障害者計画等」と言います。)に盛り込まれた主な内容を紹介します。 (1) 地域生活支援システム精神障害を持つ長期入院患者の退院を促進するためには、地域にその人のニーズに合った多様な住まいや日中活動の場を確保するとともに、これらの社会資源を適切に結びつけるケアマネジメント体制を構築する必要があります。第三次千葉県障害者計画等においては、
(2) 医療サイドからの退院促進に向けた取組み精神障害を持つ長期入院患者の退院を促進するためには、地域の受け皿作りのみならず、医療機関の開放化を併せて進める必要があります。また、精神障害者は、継続的に医療的ケアが必要な障害者であり、安心した生活が送れる地域医療の充実の必要です。第三次千葉県障害者計画等においては、
なお、9月10日に開催された千葉県地方精神保健福祉審議会において、上記1.〜3.などについて具体的方策を検討するため、「長期入院解消方策検討委員会(仮称)」を設置することが了承されています。(官民協働の作業部会により取りまとめられた「アクションプラン2005提言書」においても、同趣旨の部会の設置が提言されています。) 4.おわりに精神障害を持つ長期入院患者の退院促進の取組みはまだ緒についたばかりです。上記3.に書いたこと以外にも、精神障害者や精神疾患に関する誤解や偏見をなくし、ともに地域社会を支える仲間との認識を広げていく取組みなど、 粘り強く県民運動を展開することが必要です。 千葉県では、引き続き、当事者を含む県民と行政の協働により、こうした取組みを進めていきますので、皆様のご理解とご協力をお願い致します。 | |
| 千葉県グループホーム等連絡協議会 第5回役員会議事録 |
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| 日 時 平成16 年11月18日(木)15:00〜17:00 場 所 千葉県社会福祉センター |
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1)各圏域の活動報告
2)県の「障害者GH等のあり方研究会」について
3)監査について
4)ホームページ関して
5)その他
![]() 次回役員会は、平成17年1月20日(木)15:00〜 | |||||||||||||||||
柏健康福祉センター圏域 | |||||||||||||||||
| <開催予定日> 平成16年12月16日(木) 急病診療ふれあいセンター 3F チラシにて各所に呼びかけ (担当ホームレンコン牧野、GHゆず中島) <幹事> がじゅまる |
(品川眞佐子)
(木村 潔)
| ・ 佐藤 グループホーム「さざんか」世話人 【精神】 ・ 渋沢 中核地域生活支援センター「ひなた」総合コーディネーター ・ 松島 「かしの木寮」設置者 【知的】 ・ 渡邊 「ゆうかりホーム」バックアップ担当者 【知的】 ・ 木村 ふれあいホーム「スペース ぴあ」世話人 【精神】 |
(印旛地区幹事:木の宮学園 稲阪)
(齊藤絹代)
| 開催日時 | 平成16年10月28日 10時〜12時 |
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| 場 所 | 松戸市健康福祉会館 ふれあい22 3F会議室 |
| テーマ | 東葛北部・生活ホームの現状と今後について |
| 参加者 | 浅井 (パールハウス下矢切A棟 世話人) 本多 (パールハウス下矢切B棟 設置者・責任者) 加藤 (古ヶ崎生活ホーム 設置者・世話人) 篠原 (生活ホーム篠原寮 世話人)) 吉田 (グローウハウス 設置者・世話人) 篠原・岩崎(イーハト−ブ・流山親の会が設置・運営委員) 相原 (生活ホーム ドレミ 世話人) |
(本多八重子)
<自己紹介及び事業活動内容報告>
生活ホーム代表、世話人、福祉団体代表・代理、GH代表、等による各施設の設立経過及び日々の活動、考え方における意見発表
皆さんそれぞれ県内外において重責の職にある方の意見であるため、今レポート内での取りまとめには私の力量では無理があり、次回の機会において各自の意見内容を機関紙に取り上げて戴きたいと思います。しかしながら2時間以上に及ぶ熱心な話し合いの内容を、簡単にここにまとめさせて戴きます。
(ささやかな資金提供をしていく中での利用者・保護者・関係者等の希望の実現を、目に見えるかたちにあらわすこと。 夢・無・現 )
| 開催日時 | 16年11月15日 |
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| 開催場所 | 小規模通所授産施設 青い空 |
| 参加者 | 高梨正明(千葉県GH等連絡協議会副会長) 久保田美也子(千葉県手をつなぐ育成会会長) 大井妙子(斉藤ホーム・NPO法人すばる代表) 千葉明子(第三次千葉県障害者福祉計画推進部会 代理) 小山 恵(斉藤ホーム世話人) 花澤幸三(千葉県GH等連絡協議会千葉圏域幹事) |
(花澤幸三)
≪ 世話人喜怒哀楽 その6 ≫日中活動について思うこと |
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| NPO法人自立サポートネット流山 グループホーム「クローバ初石」 世話人 大友茂行 |
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「デイケアには行きたくない!!」最近、入居者の一人が「もう、デイケアには行きたくありません。」と直訴してきました。話を聞くと、彼は「デイケアに行っても、社会常識が身につかない。僕は社会に出て常識を身に付けたいのです。このままでは病院にいるのと同じです。」と続けました。筆者も答えを考えてみましたが、彼を納得させるほどの答えは見つかりません。二人は溜息をついてその場をやり過ごしました。今、この方はデイケアを休みがちになっています。この様な現象は他の入居者にも当てはまります。他の入居者にデイケアについて聞くと、似たような感想が返ってきます。彼らはデイケアに喜んで通っているのではなく、「とりあえず」、「仕方なし」に通っているのです。勿論、デイケアに通うことには、十分な理由があることも分かっているつもりです。デイケアに行くからこそ、生活のリズムが生まれ、社会性も育まれます。家に閉じこもっていれば、病状は悪化するのですから、「とりあえず」、「仕方なし」にしても、デイケアに通うことは必要なことだと思います。筆者はこれからもデイケアに通うことを勧め続けるでしょう。しかし、同時に「とりあえず」、「仕方なしに」デイケアに通う入居者の姿を見ていると、筆者はある種の同情を入居者に感じるのです。 「とりあえずという辛さ」この「とりあえず」デイケアに参加するという状況は、入居者の方たちにとっては辛いことだと思います。筆者もかつてアルバイトをしていた時に、「今日は仕事が無くなったから、とりあえず、事務所で一日座っていて。」と言われたことがありました。座っていてお金が貰えるのですから、傍目には楽なことに思われるかもしれません。けれども、この時、筆者は苦しくて死にそうな思いがしました。一時間が二時間にも、三時間にも感じました。使命が与えられて、人間関係の輪に入っている正社員が羨ましく思えました。自分の立場が暫定的であることや社会の輪に入れないことは本当に辛いことだと思います。そして、「とりあえず」デイケアに通う入居者の皆さんを見ていると、筆者はこの時のことを思い出すのです。皆さんは「とりあえず」デイケアに通っています。病院という限られた社会関係の中で、生きがいや使命を模索しながら、いつこの「とりあえず」が終わるのかも分からないまま。そして、それは社会復帰施設であるグループホームに入所しても変わりません。力量を超えたことだと思いますが、筆者は入居者の方たちが「とりあえず」ではなく「私は、今日このために生きている」という実感のある、そして、社会の人間関係の輪に入れるような日中活動をすることを願っています。そのために世話人は何が出来るのでしょうか。世話人の役割は医療行為の延長というよりは、社会学者のそれに近いと感じています。 | |
― 裕子スタイル ― |
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| 知的障害者生活ホーム小島屋 責任者 五十嵐正人 |
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1980年代記録によると、三人暮らしの始まりは1992年6月になっている。つまりそれまでは裕子さんは、僕と小島がやっている民間個人の障害者生活支援サービスの一利用者さんだった。生活ホームとなったのは2000年4月からなので、それまでのおよそ8年間、僕達三人は他人同士(行政手続き上の)の共同生活状態だったことになる。 当時は単なる仕事上のパートナーだった小島と僕が結婚、つまり行政手続き上の婚姻届を出したのが2003年6月なのだが、僕ら二人についてはこの期間を「同棲」という便利な言葉で表すことが可能だ。ところが裕子さんを含めると、便利な言葉が見つからない。およそ30歳の男女と20歳前の女性の組み合わせ。最近テレビドラマなどで他人同士の共同生活を一つの家族と捉えたストーリーを目にすることがあるが、20年前に、僕らの生活はどんなふうに見られていたのだろう。生活ホーム「小島屋」に繋がる日々は、こんなふうに始まっていた。 出発点を明らかにするために、当時の社会と僕達の状況を書いておきたいと思う。 現在、僕と小島は「ばおばぶ」という名前で民間個人の障害者生活支援サービスを行っている。1980年代前半の頃から、ボランティアで障害児者の預かりをしていたのだが、1989年4月から小島が、遅れて1990年6月から僕が、それぞれ別々に有償の事業に切り換えた。別々に行っていたのだが連携を取り合って動いていたこともあり、1992年に一つになった。ちょうど裕子さんと暮らし始めた頃のことである。 1980年代、日本には、もう一つの日本があった。支援費制度の現在からは想像もつかないことだが、生活支援というジャンルが、障害福祉の中には確立されていなかったのである。障害福祉の中心は働くことと、自立することにあった。すべての障害者がある程度の生活力を持っている時代なら、それでもよかったのだろう。しかし80年代、はそういう時代ではなかった。現在、重度心身障害者といわれている人達が病院から地域に出てきていたし、後に強度行動障害と分類される人達も街に暮らしていた。さらには裕子さんのように知的な理解が苦手なために恒常的に誰かを必要とする人達もいた。彼らにとって、そしてその家族にとって必要なのは、なによりも生活を福祉してくれるサービスだったのだ。しかし、社会福祉はそれに応えることができずにいた。 千葉県では、入所施設を利用して、現在のショートステイの前身である緊急一時保護が始まった。しかしその制度は考えられないほどに、使いづらい制度だった。 一例をあげるなら、利用したい人は窓口に届け出なければならなかった。児童は児童相談所だったが、成人は福祉事務所がその窓口だった。福祉事務所は多くの場合役所の中にあった。つまり、平日の昼間しか窓口は開いていなかったのである。家族が病気になろうが、親族に不幸があろうが、窓口は休日には開いていない。当時、何人もの障害者のご家族から聞いた言葉がある。 「障害者の家族は平日の昼間にしか死ねないんだ!」 高度経済成長やバブルの時代の陰に、もう一つの日本が隠れていたのである。 葬祭の予約今、こうして1980年代のことを書くことができるのは、その後の福祉の進化が目覚ましいからだ。ほんの20年ほどの昔のことなのだが、当時の様子を書き並べれば、逆に今の福祉の進歩がよく分かるだろう。 たとえばその昔、緊急一時保護は社会的事由による利用に限られていた。保護者が入院でもすれば利用できたが、ちょっと具合が悪い程度での利用は認められていなかった。このことは保護者を重病化させるだけの効果しかもたらさなかった。具合が悪い時にすぐに病院に行って治療を受ければ、軽く済んだであろう病状に対して、その間の短時間の障害児者の預かりを制度はケチッたのである。そのために保護者らは入院を余儀なくされるような状況に陥り、やっと許された緊急一時保護の日数は無駄に長期におよんだ。保護者を入院させないように一時保護が機能していたなら数時間分の税金の支出でおさまったものが、入院してからの一時保護では数週間分の税金の支出になっていたのである。 また緊急一時保護はその初期の頃、事前予約を必要としていた。冠婚葬祭は社会的事由として認められていたのだが、実際にはこの事前予約というルールのために半分しか使いようが無かった。冠婚の予約はとれるが、葬祭の予約のとりようがなかったのである。 2003年から始まった支援費制度下の社会福祉からは考えられないような、民主化されていないどこか別の国の話のような、あるいは明治維新前の日本の昔話のようなことが、現実にあったのだ。 裕子さんは、まさにこの時代を生きていた。そして僕らの「ばおばぶ」に到る事業も、この時代にあった。僕らは当時も今も社会福祉の制度から、適度に距離を保つように心がけている。便宜上、生活支援サービスという言葉を使って自己紹介しているが、「ばおばぶ」のやっていることは「お泊まり」や「日中預かり」などである。決して「ショートスティ」や「ホームヘルプ」や「ガイドヘルプ」などではない。制度の呼び名ではなく、利用者さんたちが20年を超える歴史の中で僕らを呼んだ言葉が、僕らの仕事なのだと思う。ずっと、それが「生活」というものだと考えてやってきている。 裕子さんとの三人暮らしを振り返った時、その本質に関わるものの、およそすべてが「ばおばぶ」の中にあったように感じられる。もう一つの日本に対して、「ばおばぶ」が持ったスタンス。それはそのまま、施設から裕子さんが帰されてきたという現実に対する、僕と小島のスタンスだ。このことを、もう少し具体的に思い出してみたい。 | |
![]() | 擁護学校卒業旅行大好きなボランティアさんと |
― 最初はこんな風でした ― |
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| NPO法人 市川の精神保健福祉を考える会 GH ほっとハート 世話人 品川 眞佐子 |
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グループホーム創ります平成9年の暮れに1軒目のグループホームが出来ました、当時の会員の熱意だけで、完成に至りました、そこは小規模作業所の2階と3階で、細い通路と狭い階段を上ります、一人部屋にこだわり、個室は6畳を確保しましたが、元々工場用の建物でしたので、どことなく無理が有りましたが、家族会の大家さんのご協力があり住める様になりましたが、今でも手がたあとのついた壁に当時の苦労が伝わります。 第1陣の利用者3名でスタートしました、当初はグループホームはどんな所? 回りの誰も知らず、分からず利用者の方は、不安な気持ちでの入居でした、家族からの独立と病院からの入居で、皆が新しい生活にいろいろなものを託していました、そしてこのグループホームにはそれがありました、3カ月も経つと、共同生活ではない共生生活がありました、ともに助け合い、ともに支えあい、そして個人の暮らしの場が出来上がりました、それぞれは地域で生活する力は持っていましたが、その場がなかったのだと痛感しました、この1軒目が当会の地域での生活の場造りの取り組みのスタートでした。 世話人は何する人この仕事は、お母さんの様な世話人、管理人の様な世話人、どんな型が良いのか、私たちも不安なスタートでした、1階が作業所でしたので、指導員タイプには成らないように気配りしましたが、当時の職員は他のグループホームと同様に兼務で世話人役を務めていました、利用者はスムーズに生活を続けていましたが、「世話人」は利用者の声を聞くうちにその形を変えざるを得なくなりました、利用者の体調、病状の変化への見守り対処、(通院先との連携、服薬確認、食事の調理補助)施設の維持管理(清掃、修理)通所先との連携、利用者個人からの相談、利用者家族からの相談と幅広くなり到底兼務では勤まる仕事では 有りませんでした、この当時の地域生活支援事業は法内(第2種社会福祉事業)の事業でしたので、県に対し直接書類のやり取り、県の監査対象と法外の作業所運営とは全く違った内容でした、当時はまだ個人での設置、運営が可能でしたので何も分からず、法人立てのグループホーム運営と同じ書式の報告に悪戦苦闘の毎日でした。 現況(住居関連)
次の機会にはここに至るまでの経緯を記します。 | |||||||||||||
![]() ― 行政からのサポート ― |
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このコーナーは、これから新たに《グループホーム》《ふれあいホーム》《生活ホーム》を立ち上げようとしておられる方々に、少しでもお役に立てるような情報をお伝えすることを目指しています。医療法人や社会福祉法人等ではない、例えば意欲をもって地域で頑張っておられるNPOや家族会、個人などが、初めてグループホーム等を設置する場合を想定しています。内容的には少し踏み込んで、グループホーム等を開設するところまでは来たけれども、まだ実務的な経験の浅い方々のためにもお役に立てるコーナーともなっております。この度は千葉県健康福祉部障害福祉課地域生活支援室の川名勝夫副主幹の全面的なご協力を戴きまして、以下に示したような6回に渡る連載を企画しました。連載期間が半年以上に渡るために、今後タイトル等の変更の可能性もございますがご了承ください。今回はその3回目で、「グループホーム等への補助金関連 知的編です。」です。
前回の精神編に引き続きまして、今回は<知的>に関する補助金等の流れを、分かりやすく図表を用いて追って戴きました。親切な生活支援室の川名さんが、意欲的に地域で頑張っておられる皆様方に、これからも手取り足取り、GHの設立を行政側からサポートしてくださいます。この度の連載に関しまして何か具体的なご質問がございましたら、本協議会事務局までお寄せください。グループホームの設立に関するどのようなご質問でも構いません。八方手を尽くして次号でお答え致します。 なお、開設に関する直接的な窓口は、先ずは各地の市町村の福祉課にご相談戴くことになりますが、念のために参考となる他の連絡先も掲示しておきます。(今回も間に合いませんが、開設に関する相談窓口を一本化できるように早急に調整し直して、次回までに提示致します。)
【知的障害者グループホーム/知的障害者生活ホームの補助制度等について】平成16年度の補助制度等は、以下のとおりです。 (1)施設整備関係(生活ホーム/グループホーム共通)
○ 補助対象者 市町村、社会福祉法人、NPO法人 ○ 設置場所 千葉市及び船橋市を除く県内 (2)運営費関係
≪補足説明≫
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< 前回掲載した予告質問 1 > 記録に関して質問させて戴きます。グループホームの運営に係わる経費に関する諸帳簿を整備することは実施要綱にも記載されておりますが、入居者に関する記録や業務日誌は必要ないのでしょうか。もしもその必要があるとすれば、実際にはどのようなものを用意することになるのでしょうか。 < 行政からの回答 >お問い合わせが知的障害者グループホームか精神障害者グループホームかわかりませんので、それぞれのグループホームについてお答えします。 1 知的障害者グループホームについて指定基準第95条において、第39条(記録の整備)を準用することとされています。これによれば、「指定地域生活援助事業者は、従業者、設備、備品及び会計に関する記録を整備するとともに、利用者に対する指定 地域生活援助の提供に関する諸記録を整備し、提供日から5年間保存しなければならない。」とされています。 なお、利用者に対するサービスの提供に関する諸記録については、具体的なものは示されておりませんが、グループホームは入居者の日常生活を援助し、障害者の自立生活を助長することを目的としています。適切な日常生活を援助するためには、入居者の生活状況等を把握しておく必要があります。生活状況等の把握については、日々の入居者の生活状況、健康状態や援助等を記録することが適当です。これらの記録は、入居者の支援に生かすと同時に、世話人代替者への引継ぎや支援機関職員との相談等にも利用でき、的確な支援等が行えることになります。備え付けることが適当な入居者等の記録等は以下のとおりです。 なお、これ以外にも、支援上必要と考えられる記録等があれば備え付けるようにしてください。(プライバシー等に留意してください。) ○ 備え付けることが適当な入居者に関する記録や業務日誌
2 精神障害者グループホームについて精神障害者地域生活援助事業運営要綱では、おっしゃるとおり入居者に関する記録等の記載はありませんが、知的障害者のグループホームと同じように、適切な日常生活を援助するためには、入居者の生活状況等を把握しておくことが必要で、日々の入居者の生活状況、健康状態や援助等を記録することが適当です。また、備え付けることが適当な入居者に関する記録や業務日誌についても知的障害者グループホームと同じ物を備え付けることが適当と考えます。 (回答者 千葉県健康福祉部障害福祉課地域生活支援室 川名勝夫副主幹) < 前回掲載した予告質問 2 > 中年男性4人の精神のGHの世話人をしております。入居者の個室はみなどれも整理されているとは言えません。本人と一緒に片付けても、翌日にはもうグチャグチャになっています。GHは自らの生活を本人が作って行く場と考えて、注意をすることは極力控えておりますが…。清潔感はみな違うので、世話人としてはどうしたら良いかといつも悩んでおります。皆さんはどうされていますか。 < 仲間の世話人からの回答 その1 >男性に限らず、女性の部屋もほこりがたまり、ゴミが散乱してる方もあります。一緒に片づけたくても、部屋への入室は拒まれます。自分でやります、との返事を信じ、ひたすら待ち続けましたが、彼女もセキが止まらない状態にまでなり、ようやくほこりを取り除くことが出来ました。 精神障害の方の多くは、自らやらなければいけない事は重々分かっているのですが、何かこだわりがあるようです。他の利用者に迷惑をかけず、自分の身体に影響が出なければ良しとしています。世話人も共有部分の掃除はしていますが、個室までは正直手が回りません、こんな方にホームヘルパー制度を利用する事が出来たならと願っています。現時点ではグループホームへのヘルパー派遣は認められていません。 < 仲間の世話人からの回答 その2 >たまたまですが、私も4人の男性の入居者が暮らしているGHの世話人をしております。どこも同じなのに苦笑しながらも、ご参考になるかどうかは定かではありあせんが、私の拙い体験を綴らせて戴きます。 彼らのそれぞれの生活の仕方には、私も可能な限り介入しないように心がけております。けれども真夏でもなかなか風呂に入らないのと、生ごみをも含めてごみを室内に山のように溜めて暮らしているのには、私もこの度の質問者と同じように日々心を痛めております。絶妙な機会を見つけて、入居者に抑圧にならないように上手に思いを伝えられれば良いのですが…。「言うは易し、行うは難し」でして、最初の数年間は<あちらにはごみ>が、<こちらにはストレス>が溜まっていくばかりでした。 こうしてみますと、四六時中一緒に暮らしておられるご家族の方の感情表出が高くなっていくのも良く分かりますが、私たち世話人はその意味では客観的になれる数少ない第三者でもありますので、これらの情況に対しても冷静に見守りができなければならないと、いつも自戒しております。入居者に個別の対応が出来るのがGHの良さだとつくづく思いますが、私は週末の土曜日の夕刻の30分間だけは、掃除の時間とみんなで決めて、この時だけは個々の部屋のトイレ掃除をも含めて、それぞれの個室の清掃と整理・整頓をしております。勿論翌日か翌々日には室内は元の黙阿弥ですが、みんなで一緒に掃除をすることに、いつの頃からかある種の喜びが生まれてきたようでして、この時間はそれぞれがそれぞれに、それなりに動いております。今頃の季節ならば私もコタツに一緒に入れもらい、日々親しく居室内で話をしながら、周りに取り込みっぱなしのまま放置されている洗濯物や、読み捨てられたまま畳に散乱している新聞紙などへ何気なく私の方から手を伸ばし、何となく一緒に畳んだりしています。その際にはどんなに言いたくても小言を言うのは控えて、毎度毎度相手を叱らないのがこつかも知れません。 私も最初のうちはこの乱雑な状態に耐え切れずに、ストレスに打ち負かされそうな心理状態に陥ったことも多々ありましたが、そのうちにあらゆる機会を捉えて、日々の些細なことから現れる互いの接点を上手に利用して、GHの入居者と良い関係性を築いてゆくことを心がけるようになってきております。気づいてみますとこの世話人の仕事に、いつの間にか心からの安らぎと喜びとを見出しておりました。 彼等があまりにも臭くなってしまった(失礼 !!)時には、男同士なのを良いことに世話人の私の方から何らかの口実を作って彼等の居室の風呂に入らせてもらい、彼等に私の背中を流してもらったこともありました。一人ひとりの生活の仕方を認め、時間を掛けてコミュニカブルな関係を築いて行くことができれば、24時間365日の業務も、人が言うほどには大変ではないかもしれません。入居者と共に暮らす中から様々なことに気づかされ、日々多くのことを汲みとらせて戴いております。(男性の世話人) |
![]() 「心を病むってどういうこと? 〜精神病の体験者より〜」 |
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| 紹介者 「クローバ初石」世話人 大友 茂行 |
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以前、老人介護をしていた方から、「老人介護の研修では、オムツをはいて排泄する実習があるんですよ。」と教えられたことがあります。その方は、この実習が行われるのは、介護者がオムツで排泄せざるを得ないご老人の辛い気持ちを知るためであり、介護者は相手の辛い気持ちを知ってこそ、真の介護が出来るようになると教えてくれました。この方とお話したのは、今から約2年前、右も左も分からない精神障害者のGHで働き始めた頃でした。振り返れば、その時、私はとても大切なことを教えていただいたのです。しかし、現実には、私は入居者の方たちの辛い気持ちを理解できない苛立ちを感じていました。本当は、入居者の方の気持ちを理解した上で、世話人として働きたい。けれども、それが出来ないのです。それどころか、平気で約束を破ったり、部屋でゴロゴロしたりしている入居者を見ていると入居者に対するストレスの方が強くなってきます。そして、このように入居者との心の距離が遠くなっているのを感じ始めた頃、出会ったのが今回紹介させていただく本だったのです。 この本は、統合失調症患者である著者、古川奈都子さんがその体験を正直に綴ったものです。しかし、この本は、いわゆる体験記や告白(カミング・アウト)本にありがちな、著者のノスタルジーやカタルシスのために書かれたものではありません。この本は、統合失調症を体験した著者が、「私は、統合失調症患者として、このようなことが苦しかった」だから、「あなたには、このように付き合ってほしい。」というメッセージを伝えるために書かれたものです。この本には、統合失調症の方の揺れ動く感情と周囲への願いが正直に書いてあります。ですから、この本は、統合失調患者の「わたし」と周囲にいる「あなた」とが共に生きていくために書かれた本ということができるでしょう。例えば、第四章の「病者は甘えているのだろうか?」という箇所には、このようなことが書いてあります。 多くの健常者は、障害者の甘えや、それに対する家族の甘やかしに、問題を感じているように思う。私は、自分でも障害を持つまでは、障害者は自分と戦っていない、だらけて甘え込んでいるという印象を持っている人の一人だった。しかし、自分が病気で苦しみ、ひと時の息ぬきもなく病気とたたかい、障害をのり越えようと、必死で前へ向かって生きようとしているときに限って、多くの人が、運動不足だの、甘えすぎだの、努力が足りないと非難された。私は腹を立てるというより、話しても無駄だと、黙って、腹で考えてることは言わず、そう説教する人に対して「わかった、本当だねえ。」なんて言っていた。…(中略)…でも、なぜ、病者は甘えていると思われるのだろうか。病気の苦しみによって、人間的な余裕がなくなる。だから、病者は必死になって自分を保とうとする。それでも苦しみに耐えかねて、人に援助を求める。そうすると、わがままだの、非常識だの、と言われる。…(中略)…残念なことに世間のきびしい目が、障害者に対する的はずれな説教につながってしまう。また、説教を良いことを教えてあげているという、自己優越からきているのが、私は滑稽だし、くやしく、残念に見えてしょうがない。 この文章を読んだ時、正直、自分の心を探られました。その人の苦しみは本人しか分からな い。なのに、その苦しみを理解しないで「お世話」をしようとしている自分がいる。しかも、正論を振りかざしながら。やはり、苦しみを負っている方と周囲の人間では、感じ方やニーズが根本的に違うのです。勿論、この本を一冊読んだからといって、障害者の方の気持ちが十分に理解できるようになるわけではありません。けれども、この本には、周囲の人間には分からない障害者の気持ちとそれに対する接し方の提案が書いてあります。それらは、自分の物差しで「お世話」をしようとする自分を立ち止まらせてくれます。そして「もし、自分が同じ立場だったらどんな気持ちがするだろう?」という想像力を与えてくれます。そして、この想像力こそが「お世話」をする人と「お世話」をされる人との関係から、「わたし」と「あなた」への関係へと導いてくれると信じています。まだまだ、入居者の方々の気持ちを理解できていないという自戒の念と、これから、入居者と筆者との関係が「わたし」と「あなた」の良い関係になることへの願いを込めて、この本を紹介させていただきました。 出版社 : ぶどう社 この度初めて「書籍の紹介コーナー」を設けました。皆様方にご紹介戴けるような本やビデオ等に出会っておられる方は、日々の業務に追われている毎日をお送りのこととは存じますが、事務局までご投稿戴ければ幸いに存じます。なお、このコーナーで毎回紹介される本に対する読後感でも結構です。字数は1500字以内です。よろしくお願い致します。お待ちしております。 | |
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